はじめに――精神科病院の中でさえ、届いていない
私は精神科病院の中のリハビリテーション室に所属する作業療法士・公認心理師です。精神科という、本来であればトラウマに対応するための専門性が最も集約されているはずの場所にいながら、私は日々、あるひとつの現実を目の当たりにしています。それは、発達性トラウマを抱える患者さんの問題に、医師の診察も、心理士によるカウンセリングも、十分には届いていないという現実です。
精神科病院という場は、一見すると心のケアの専門機関です。しかし実際の診療の多くは、症状の把握と薬物療法を軸に組み立てられており、限られた診察時間の中で、発達性トラウマという、幼少期からの慢性的な逆境体験が積み重なって形づくられた複雑な病態にまで踏み込むことは、構造的に難しいのが現状です。
カウンセリングが提供される場合も、言語化を軸とした従来型の心理療法では、身体に凍りついたまま残された未完了の防衛反応や、内受容感覚の麻痺そのものには、十分に届かないことがあります。「話す」こと自体が、過覚醒や解離を引き起こすトリガーになりかねないというリスクもあります。
つまり、精神科医療という、トラウマケアにとって最も整った環境であるはずの場所においてさえ、発達性トラウマは十分に見立てられず、十分に扱われていないといえます。
支援施設でも同じ状況です。何年も通いながら、「まず気力をつけましょう」「調子を整えましょう」としか言われず、具体的に何をどうすればいいのかを一度も教えてもらえないという訴えを聞きます。幼少期から虐待やネグレクトを受けてくると、「もう遅い」「自分はだめだ」「入院していても何も変わらない」という無力感と自己否定に陥り、抜け出せなくなることがあります。これは特殊な話ではなく、精神科医療という専門機関の中でさえ、日常的に繰り返されている光景だと感じています。「気力」や「調子」という言葉で片づけられてしまう困難の多くは、実際には長期間にわたって防衛モードを続けてきた自律神経系の失調であり、本人の意志や心構えの問題として扱われるべきものではありません。原因を扱わないまま結果だけを求められる支援が、何年も積み重なっていくとき、そこに生まれるのは回復ではなく、学習された無力感です。
一方で、私が所属するリハビリテーション室にも、別の限界があります。リハビリテーションの現場では、機能訓練、動作獲得、ADL(日常生活動作)の改善といった、身体機能に関わる指標が中心に据えられます。もちろんそれ自体は重要な視点です。しかし、原因不明の慢性痛、器質的異常では説明のつかない可動域制限、通常のリハビリテーションの枠組みでは改善が見られない方に出会うたびに、身体機能というレンズだけでは見えてこないものがあることを痛感してきました。患者さんの身体には、過去の外傷体験、逆境的小児期体験(ACE)、あるいは発達性トラウマの痕跡が刻まれていることが少なくありません。にもかかわらず、リハビリテーションの枠組みには、そうした背景を扱う言語も、時間も、多くの場合用意されていません。
医師の診察も、心理のカウンセリングも、そしてリハビリテーションも、それぞれの専門性の中では発達性トラウマに十分に届かない。この三つの限界は、実は同じ一つの問題——身体と心を切り離して捉えてきた臨床モデルの限界——の、異なる側面から見た姿ではないかと私は考えています。だからこそ、精神科病院という場の中にいる一人の作業療法士・公認心理師として、既存の枠組みの狭間を埋める実践を模索してきました。
本稿では、この三つの限界を橋渡しする試みとして、ソマティック・エクスペリエンシング(SE)を軸に、リハビリテーション、ヒーリングタッチ、トラウマインフォームドな心理的評価を組み合わせた、統合的アプローチの実践をご紹介したいと思います。
理論的背景
このアプローチの土台には、三つの理論があります。
一つは、アメリカでトラウマを専門とする精神科医ベッセル・ヴァン・デア・コークが示した、トラウマが身体に記録されるという視点です。トラウマ体験は言語記憶としてだけでなく、筋緊張、姿勢、自律神経の反応パターンとして身体に刻まれ、本人の意識的な想起とは無関係に、日常の動作や痛みとして表出し続けます。
二つ目は、ピーター・ラヴィーンが提唱したソマティック・エクスペリエンシング®(SE™)理論です。SE™は、トラウマを「出来事」そのものではなく、その際に完了しなかった身体の防衛反応(闘争・逃走・凍りつき)が神経系に未処理のまま残っている状態と捉えます。回復とは、この未完了の反応を、安全な環境の中でごく少量ずつ、身体感覚を通じて完了させていくプロセスです。
三つ目は、ダニエル・シーゲルの「耐性の窓(Window of Tolerance)」という概念です。人には、心身が安定して機能できる覚醒レベルの幅があり、トラウマを抱える人はこの窓が狭くなっていて、些細な刺激で過覚醒(不安・パニック)や低覚醒(凍りつき・解離)に陥りやすくなっています。臨床的介入は、この窓を少しずつ広げていく営みだと言えます。
これら三つの理論に共通するのは、身体感覚こそが回復の入り口であるという視点です。ここに、リハビリテーションと心理療法を統合する接点があります。
統合的アプローチの提案
具体的には、以下の四つの要素を組み合わせて実践しています。
SE™を軸とした実践では、患者さんの身体に今起きている感覚——緊張、震え、温度感、動きたい衝動など——に丁寧に注意を向け、それをごく小さな単位で追いかけていきます。「何が起きたか」を語ることよりも、「今、身体で何が起きているか」に焦点を当てるのが特徴です。
ヒーリングタッチは、安全なタッチを通じて自律神経系を落ち着かせ、耐性の窓を広げる土台づくりとして位置づけています。特に過覚醒状態が強く、通常のリハビリ介入そのものが刺激過多になってしまう方に対して、まず神経系を落ち着かせる役割を担います。
リハビリテーションとの統合では、単なる機能訓練ではなく、生活動作そのものを、身体感覚に気づきながら安全に取り組む場として再構成します。たとえば歩行訓練一つをとっても、目的地に着くことよりも、足裏の感覚や重心の移動をゆっくり感じることに主眼を置く場面があります。
トラウマインフォームドな心理的評価では、ACEスコアなどを参考にしながら、患者さんの症状や行動パターンの背景にある発達歴・逆境体験を理解する視点を、リハビリチーム全体で共有できるようにしていきます。
架空事例
ここで、複数の臨床経験をもとに再構成した架空の事例をご紹介します。
Aさん、40代女性。原因不明の全身の慢性痛と、右肩から腕にかけての可動域制限を主訴に、整形外科的な検査では明らかな器質的異常が見つからないまま、リハビリ目的で入院となりました。
初回のリハビリ評価では、可動域制限の背景に強い筋緊張があり、他動的に動かそうとすると、Aさんの表情がこわばり、呼吸が浅くなることが観察されました。通常の関節可動域訓練を続けても改善が乏しく、むしろ痛みの訴えが増していったため、担当スタッフから関わりの依頼がありました。
最初の壁――「身体を感じる」ことへの抵抗
面談の中でAさんは、幼少期から家庭内で慢性的な緊張状態に置かれていたことをぽつぽつと語り始めました。しかし、SE™のアプローチで「今、右肩のあたりに注意を向けてみると、どんな感じがしますか」と尋ねても、Aさんの返答は「わからない」「何も感じない」というものでした。
身体感覚への気づきを促そうとするたびに、Aさんの視線が宙をさまよい、会話のテンポが途切れ、解離状態に入っていくのが観察されました。身体に意識を向けること自体が、過去の体験の再刺激になっていたのです。
この段階では、SE™の導入を一時中断せざるを得ませんでした。身体感覚を「追う」前に、まずAさんが「今、ここにいる」という現実感を取り戻すための土台づくりが必要でした。
多職種チームとの摩擦
並行して、多職種カンファレンスでの困難もありました。担当医からは「痛みは精神的なものでしょう」という見立てが共有され、看護スタッフからは「Aさんはリハビリへの意欲が低い」という評価が上がっていました。
「神経系の過覚醒状態にある方に、通常のリハビリプログラムをそのまま適用することの問題」を伝えようとしても、「トラウマ」「自律神経」という言語が、リハビリチームの日常的な臨床言語とかみ合わず、議論が噛み合わないまま終わることが繰り返されました。
チームとして共通の見立てを持つことの難しさを、この事例で痛感させられました。
ゆっくりとした土台づくり
介入の方針を切り替え、まずタッチワークによるセッションから始めることにしました。直接的な身体感覚への言語的アプローチを控え、安全なタッチを通じて神経系を少しずつ落ち着かせることを優先しました。
数週間にわたるこのプロセスは、外から見れば「何も進んでいない」ように映るものでした。実際、病棟スタッフからは「いつになったら動けるようになるのか」という声が上がり始め、退院に向けたプレッシャーも高まっていきました。
Aさん自身も「私はいつになったら良くなるのか」という焦りを口にするようになり、その焦りが再び神経系を緊張させるという悪循環も見られました。
小さな変化、そして後退
タッチワークのセッションを重ねた約1ヶ月後、Aさんが初めて「肩が少し軽い気がする」と報告しました。この変化をきっかけに、SE™の身体感覚への気づきを少しずつ再導入し始めました。
しかし、その数日後に病棟内で別の患者さんとのトラブルがあり、Aさんの神経系は再び過覚醒状態に戻りました。「また元に戻った」というAさんの落胆は大きく、セッションの中で「やっぱり自分は変われない」という言葉が出てきました。
回復は直線的には進みません。この「二歩進んで一歩下がる」プロセスを、Aさん自身が理解し、受け入れられるようになること自体が、重要な治療的目標のひとつでした。
退院時点での現実
入院期間の終わりに近づいても、Aさんの可動域制限は完全には改善しませんでした。痛みの強さも、入院前と比べて劇的に変わったとは言えませんでした。
しかし、Aさん自身の言葉に変化がありました。「痛みがあっても、少しだけ身体の声を聞けるようになった気がする」「前は痛みしか感じられなかったけれど、今は肩の緊張に気づいて、少し休もうと思えることがある」という言葉が、退院前の最後のセッションで語られました。
これを「成果」と呼んでいいのかどうか、今も迷います。数値的な改善は乏しく、チームへの説明も十分にはできませんでした。それでも、Aさんの身体が、ほんの少し「自分のもの」として感じられるようになった変化は、確かにそこにありました。
今後の展望
このような統合的アプローチは、まだ体系化の途上にあります。リハビリテーションと心理療法という、これまで別々の専門性として発展してきた領域を橋渡しするためには、評価方法の共有、多職種間での言語の翻訳、そして何より、身体と心を切り離さずに見るという臨床観の共有が必要だと感じています。
今後は、こうした実践知を少しずつ言語化し、同じ問題意識を持つ支援者・医療職の方々と共有しながら、統合的アプローチの輪郭をさらに具体化していきたいと考えています。この記事が、その最初の一歩になれば幸いです。

