慢性痛とストレス・トラウマ支援のための神経系理解――専門家のための神経生理学的根拠

支援者・医療者向け

前回の記事では、ストレスやトラウマのとき身体の中で何が起きているかを、「耐性の窓(Window of Tolerance)」という概念を使って一般向けに説明しました。

今回は、その理解を支える神経生理学的根拠を、専門家向けに詳しく説明します。心理職・医療職・援助職として、クライエントの身体反応を理解し、支援に活かすための基礎的な知識として整理します。


1. 自律神経系の基本構造――正確な理解のために

自律神経系は、私たちの身体の内臓機能・心拍・呼吸・免疫などを、意識とは独立して調整するシステムです。大きく二つの系統から構成されています。

交感神経系は、脊髄の胸腰部を起源とし、主な神経伝達物質はノルアドレナリンです。動員・覚醒・行動準備を担い、脅威に対して身体を行動に向けて準備させます。

副交感神経系は、脳幹および仙髄を起源とし、主な神経伝達物質はアセチルコリンです。回復・調整・内臓制御を担い、安全な状況において身体を落ち着かせ、エネルギーを回復させます。

臨床的に重要なのは、この二つのシステムは単純に拮抗するだけでなく、状況に応じて同時に活性化することがあるという点です。特に脅威に対する凍結反応においては、交感神経系と副交感神経系が同時に高く活性化するという、一見矛盾するような状態が起きます。この点については後述します。


2. 疑核(Nucleus Ambiguus: NA)――副交感神経系の心拍制御の主役

副交感神経系による心拍制御の主役は、延髄腹外側に位置する疑核(Nucleus Ambiguus: NA)と呼ばれる神経核です。

疑核は、心臓・気管支・咽喉部への迷走神経出力の主要な起点です。呼吸リズムと連動しながら心拍を細やかに調整し、心肺協調を維持しています。

疑核の機能として重要なのは以下の点です。

・心臓への迷走神経遠心性出力の主要な起点
・気管支・咽喉・食道上部への迷走神経出力
・呼吸中枢との密接な連携による心拍・呼吸の協調
・声・発声・嚥下に関わる筋肉の制御

呼吸法や身体感覚への注目が心拍・自律神経状態に影響を与えるとき、その主要な神経学的経路の一つがこの疑核を通じた迷走神経系です。安全の感覚や社会的なつながりの中で「落ち着く」という体験の、中枢的な神経学的担い手と言えます。

なお、副交感神経系の心臓への影響は疑核が主に担っており、延髄背内側に位置する迷走神経背側運動核(Dorsal Motor Nucleus of the Vagus: DMV)の心拍制御への関与は限定的です。DMVは主に横隔膜より下の消化管の制御を担っています。心拍制御の観点からは、NAが圧倒的な主役です(McAllen & Spyer, 1976; Farmer et al., 2016; Veerakumar et al., 2022; Grossman, 2023)。


3. 防衛カスケード(段階的・連鎖的な防衛反応)――脅威への段階的神経反応

脅威に対する身体の反応は、単純な「戦うか逃げるか」ではありません。Roelofs & Dayan(2022)は、防衛反応を防衛カスケード(段階的・連鎖的な防衛反応)として記述しています。それは、以下の3つのステージから構成されます。

ステージ1:定位反応(脅威に遭遇する前段階)

脅威の可能性を検出した段階です。進行中の行動が中断され、認知処理がリセットされ、新たなコスト・ベネフィット計算が始まります。

神経学的には、青斑核(Locus Coeruleus: LC)によるノルアドレナリン放出が中心的な役割を担います。感覚処理が鋭敏化し、注意が再方向づけされます。

自律神経的には交感神経優位の状態ですが、まだ行動への移行は起きていません。

ステージ2:能動的凍結(脅威が確認された段階)

脅威が確認されたが、まだ距離があるか曖昧な段階です。ここで起きることが、臨床的に最も重要です。なぜなら、トラウマを抱えた多くのクライエントが経験する「固まる」「動けない」「声が出ない」という状態は、この段階の神経系の反応が慢性化・習慣化したものとして理解できるからです。

交感神経系と副交感神経系が同時に高く活性化します。

この同時活性化により、

・心拍数の低下・呼吸の抑制(副交感神経優位)
・筋緊張の増加・感覚の鋭敏化(交感神経)
・身体の動きの抑制
・感覚情報の優先的な処理
・行動の計画・準備

が同時に起きます。

これは受動的な凍結ではなく、能動的・目的的な神経状態です。身体を静止させながら、感覚情報を最大限に収集し、次の行動を計画するための、精緻に調整された状態です。

神経学的には、扁桃体・中脳水道周囲灰白質(PAG)・青斑核(LC)・疑核(NAm)・迷走神経背側運動核(DMV)が関与しています。

慢性痛についても同様の理解が適用できます。慢性的な痛みを抱える人の神経系は、防衛カスケードのステージ1・ステージ2が慢性的に活性化した状態にあると理解できます。組織の損傷が回復した後も、神経系が継続的に「脅威シグナル」を発し続けている状態です。この理解は次節で詳しく論じます。

ステージ3:行動への切り替え(反応直前段階)

脅威が差し迫った段階です。副交感神経系が抑制され、交感神経優位に切り替わります。

・心拍数の増加
・呼吸の増加
・筋肉への血流増加
・闘争・逃走・目標指向行動

神経学的には、扁桃体中心核(CeA)・PAG・前帯状皮質(ACC)が行動への切り替えを調整します。

臨床的含意

この防衛カスケードの理解は、臨床実践に直接的な示唆を持ちます。

トラウマを抱えたクライエントが「固まる」「何も感じなくなる」「動けなくなる」と語るとき、それはステージ2の能動的凍結状態が慢性化・習慣化したものとして理解できます。

「あのとき、なぜ動けなかったのか」という自責は、凍結が能動的な神経系の防衛反応であるという理解によって、根本的に問い直されます。


4. 慢性痛の神経生理学的理解

慢性痛は、組織の損傷や炎症が持続しているために起きる痛みではない、ということが現代の痛み研究で明らかになっています(Woolf, 2011; Moseley, 2007; Moseley & Butler, 2015)。慢性痛の本質は、神経系の変化にあります。

4-1. 中枢性感作(Central Sensitization: CS)

急性の痛みは、組織の損傷を知らせる警告信号です。しかし痛みの信号が繰り返されると、脊髄・脳幹・大脳皮質レベルで神経系が変化し、「痛み信号」に対して過敏になります。これを中枢性感作と呼びます。

中枢性感作が起きると、

・本来は痛くない刺激も痛みとして処理される
・軽微な刺激が過剰な痛みとして体験される
・組織がすでに回復していても痛みが持続する
・痛みの範囲が広がる

という状態が生じます。

この状態は、前節で述べた防衛カスケードと密接に関連しています。神経系が継続的に「脅威シグナル」を受け取り、ステージ1・ステージ2の防衛反応が慢性的に活性化している状態として理解できます。

重要なのは、これは神経系が正常に機能している結果であるという点です。繰り返される痛みの信号に対して、神経系が適応した結果として中枢性感作が起きています。異常なのではなく、神経系が過剰に学習した状態です。

4-2. 神経可塑性(Neuroplasticity)――回復の根拠

神経系は体験によって構造的・機能的に変化します。これを神経可塑性と呼びます。

中枢性感作は神経可塑性の結果として起きました。そうであれば、神経系は適切な体験を通じて、また変化することができます。

これは慢性痛の回復にとって、神経生理学的な根拠を持つ希望です。

「痛みは組織の問題だから治らない」ではなく、「神経系が変化した結果として痛みが起きているのであれば、神経系がまた変化することで痛みも変化できる」という理解が生まれます。

回復のために神経系に必要なのは、

・「今ここは安全だ」という体験の積み重ね
・脅威シグナルの過剰な処理からの解放
・段階的な活動の再開
・痛みの正確な理解(恐怖の軽減)

これらはすべて、神経可塑性を通じた神経系の変化を促す体験です。

4-3. 耐性の窓との統合

慢性痛を抱える人の多くは、耐性の窓の外に慢性的にいます。

過覚醒として現れる場合:

痛みへの過警戒、わずかな身体感覚への強い反応、睡眠障害、筋緊張の持続、「また痛くなるのではないか」という不安。

低覚醒として現れる場合:

疲弊・無力感・活動の回避、「何をしても無駄」という感覚、うつ状態との合併、身体感覚の遮断。

慢性痛の支援へのヒント

慢性痛の支援において、耐性の窓の中に戻ること、そして窓を広げることは、痛みの神経系レベルでの変化に直接つながります。

安全の感覚の積み重ね、身体感覚への注目、社会的なつながり、段階的なアプローチ――これらは、トラウマ支援と慢性痛支援に共通した神経生理学的基盤を持つアプローチです。

4-4. トラウマと慢性痛の関連

Levine(2012)は、慢性痛を抱える人々の多くが何らかのトラウマ的ストレスを抱えていることを臨床的に示しています。トラウマと慢性痛の関連は、以下の神経生理学的メカニズムで説明できます。

防衛反応の慢性化と神経系の調節不全

身体が脅威にさらされたとき、防衛カスケードが起動します。脅威が去り、神経系が安全を確認できれば、防衛反応は完了し通常の状態に戻ります。

しかし、以下のような状況では防衛反応が完了できずに中断されます。

・脅威が継続している状況(慢性的な虐待・DVなど)
・逃げることも戦うこともできない状況
・圧倒的な体験によって神経系が処理できる範囲を超えた場合
・幼少期に適切なサポートがなく、神経系が一人で処理しきれなかった場合

このとき、完了できなかった防衛反応が交感神経系の慢性的な活性化として神経系に残り続けます。組織の損傷が回復した後も痛みが続く神経生理学的根拠の一つがここにあります。

防衛的筋緊張の持続と中枢性感作の形成

扁桃体が脅威を感知し続けると、交感神経系の活性化を通じた防衛的筋緊張が持続します。筋肉の持続的収縮によって局所の血流が低下し、酸素・栄養の供給が不足します。代謝産物が蓄積することで筋肉内の侵害受容器(痛みを感知する神経終末)が刺激され、痛み信号が発生します。

この痛み信号が繰り返されることで中枢性感作が形成されます。さらに、その痛み自体が新たな脅威シグナルとして扁桃体に届き、さらなる交感神経活性化と防衛的筋緊張を引き起こします。「脅威シグナル→交感神経活性化→防衛的筋緊張→血流低下→侵害受容器の刺激→痛み→新たな脅威シグナル」という神経生理学的悪循環が形成され、中枢性感作が維持・強化されます。

過去のトラウマと現在の痛みの相互作用

過去の未解決のトラウマとは、過去に経験した脅威・恐怖・圧倒的な体験が、神経系の中で十分に処理されないまま残っている状態を指します。通常、脅威体験は時間とともに神経系が処理し、記憶として統合されていきます。しかし処理しきれなかった体験は、神経系の過敏化として持続し、類似した感覚・状況・刺激によって再活性化されやすい状態になっています。

現在の痛みがその引き金となり、過去のトラウマに関連した防衛反応が再起動されることがあります。また、激しく持続する痛み自体が圧倒的な体験となり、それ自体が新たなトラウマとして神経系に刻み込まれることもあります。

さらに、痛みから逃れるために身体感覚の知覚が遮断される、解離性障害に類した反応(離人症的な身体感覚の遮断)が起きることがあります。これは短期的には苦痛を軽減しますが、身体感覚への注目を通じた神経系の調整プロセスを阻害し、結果として中枢性感作の維持に寄与します。

発達的背景と自己調整能力

幼少期に適切な安全の体験やサポートを得られなかった場合、神経系の自己調整能力の発達が阻害されることがあります。自己調整能力が十分に育っていない場合、神経系はより過敏になりやすく、通常なら問題にならない感覚刺激も痛みとして処理されやすくなります。この発達的背景が慢性痛の脆弱性に関与するメカニズムについては、次回以降で改めて論じます。


5. 耐性の窓の神経生理学的根拠

Siegel(1999/2020)が提唱した耐性の窓(Window of Tolerance)を、神経生理学的に説明すると以下のようになります。

窓の上側(過覚醒)

・交感神経系の過活性化
・LC-ノルアドレナリン系の過剰放出
・扁桃体の過反応
・前頭前野による抑制の低下
・体験:心拍増加・過警戒・フラッシュバック・感情の爆発

窓の下側(低覚醒・凍結)

能動的凍結の慢性化または副交感神経系の過活性化として理解できます。
・交感神経・副交感神経の同時高活性化の慢性化
・または副交感神経系の過優位
・感覚処理の内向き・行動の抑制
・体験:解離性障害に類した症状・麻痺・疲弊・無力感

窓の中(適切な覚醒)

・交感・副交感のバランスが適切に保たれている
・前頭前野(特に内側前頭前野・前帯状皮質)による情動調節が機能している
・扁桃体の反応が前頭前野によって調整されている
・社会的関与・学習・変化・記憶の統合が可能

窓の外にいるとき、前頭前野による情動調節が機能しにくくなり、複雑な認知処理・他者との深い関係・学習・変化が困難になります。これが「わかっているのに変われない」「話しているのに何も変わらない」という状態の神経生理学的説明です。


6. 臨床的示唆

以上の神経生理学的理解は、臨床実践に以下の示唆を持ちます。

安全の感覚の神経生理学

安全の感覚は「理解する」だけでは生まれません。神経系が繰り返し「安全」を体験することが必要です。

疑核を通じた迷走神経出力の変化が、呼吸・心拍・筋緊張の変化として体験されます。セラピーにおける安全の感覚の積み重ねは、この神経回路レベルでの変化を促します。

共同調整(Co-regulation)の神経学的根拠

セラピストが落ち着いた状態でいることが、クライエントの神経系の調整を助けます。

声のトーン・呼吸のペース・身体の姿勢が、社会的な情報として相手の神経系に届きます。これは「雰囲気」の問題ではなく、神経学的なプロセスです。

セラピストの調整された状態が、クライエントの扁桃体反応を和らげ、前頭前野の機能を支持するという経路が示唆されています(Roelofs & Dayan, 2022)。

身体感覚への注目の根拠

内受容感覚(interoception)、すなわち身体内部の感覚への注目は、島皮質・前帯状皮質・前頭前野の活動と関連しています。

「今ここ」の身体感覚への注意は、過去のトラウマ記憶や将来への不安から神経系を「今ここ」に引き戻し、前頭前野による情動調節を支持します。

呼吸への注目・足が地面についている感覚・身体の緊張に気づくことが、神経系の調整に影響する経路がここにあります。

段階的アプローチの根拠

窓の外にいるとき、通常の認知的・言語的アプローチは届きにくい状態にあります。

小さなステップを積み重ね、神経系が処理できる範囲で体験を重ねることが、神経可塑性をもたらします。「一気に深いところへ」ではなく「少しずつ、繰り返す」ことの根拠がここにあります。


最後に

以上の神経生理学的理解は、現在日本の心理臨床界で広く使われているある理論が提示する枠組みとは、重要な点で異なります。

次回は、その点について具体的に論じます。

前回の記事はこちら:「あなたを守る神経系のはたらき――ストレスやトラウマのとき、身体の中で何が起きているのか」


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