セラピストも間違える――完璧なセッションは存在しない、だからこそ大切なこと

セラピー

セラピーを初めて受けようとするとき、こんなことを期待している方がいるかもしれません。

「このセラピストなら、自分のことを全部わかってくれるはずだ」
「ここに来れば、きっと完璧に治してもらえる」

その期待は、長い間苦しみを抱えてきた方ほど、切実なものだと思います。「やっと出会えた」という思いで、セラピーの扉を開く方もいらっしゃいます。

しかし、正直に申し上げます。

セラピストは、完璧ではありません。


セラピストも間違える

セラピストは、訓練を積み、資格を持ち、経験を重ねた専門家です。しかしそれでも、間違いを犯します。

クライエントの言葉を聴き逃すことがあります。大切なサインに気づけないことがあります。言葉をかけるタイミングを誤ることがあります。クライエントが本当に必要としているものを、読み切れないことがあります。

これは、特定のセラピストだけの話ではありません。どれほど経験を積んだセラピストであっても、完璧なセッションというものは、おそらく存在しません。

セラピーは、生きている人間と人間の間で起きることです。そこに間違いが生まれることは、避けられない現実です。


「完璧なセラピスト」の危うさ

むしろ、「自分は完璧なセッションができる」と信じているセラピストの方が、危ういかもしれません。

自分の見立てに自信を持ちすぎると、クライエントの声に耳を傾けることよりも、自分の判断を優先してしまうことがあります。「このクライエントはこういう人だ」「このアプローチが正しい」という思い込みが、クライエントを見えなくさせることがあります。

セラピストの全能感は、クライエントにとって安心の源になることもありますが、同時にクライエントを「専門家に任せるだけの受け身の存在」にしてしまうリスクもあります。


大切なのは、間違いに気づき、修正できること

では、セラピストに求められるのは何でしょうか。

間違えないことではありません。間違いに気づき、正直に修正できることだと思っています。

「さっきの言葉は、あなたには違ったかもしれません」
「今日のセッションで、私は大切なことを聴き逃したかもしれない」

そう気づいたとき、それを認めて修正できる柔軟さ。そしてクライエントから「それは違います」と言われたとき、素直に受け取れる姿勢。

これがセラピストとクライエントの間の信頼関係を、むしろ深めることがあります。


セラピーは「治す」場ではなく「一緒に探す」場

セラピストはクライエントを「治す」専門家ではありません。

クライエント自身の中にある回復する力を、一緒に探していく伴走者です。

だからこそ、セラピストが全てを知っている必要はありません。むしろ「わからないことがある」「一緒に考えたい」という姿勢が、セラピーを本当の意味で安全な場所にします。

あなたが感じた違和感、「なんか違うな」という感覚は、セラピーの中でとても大切なものです。それを遠慮なく伝えてもらえる関係を、一緒につくっていきたいと思っています。


まとめ

セラピストも間違えます。完璧なセッションは存在しません。

それでも、間違いに気づき、修正し、クライエントとともに考え続けることができれば、セラピーは少しずつ前に進んでいきます。

「このセラピストに任せれば大丈夫」ではなく、「このセラピストと一緒に探していける」――そんな関係をつくることが、当オフィスが大切にしていることです。


参考文献

本記事の考え方は、精神科医アーヴィン・D・ヤロムの著書『ヤーロムの心理療法講義』における「旅の同行者(Fellow Travelers)」や「誤りの承認(Acknowledge Your Errors)」という臨床思想に基づいています。

  • ヤーロム, I.(岩田真理訳)『ヤーロムの心理療法講義——カウンセリングの心を学ぶ85講』 白揚社、2007年、Yalom, I. D. (2002). The gift of therapy: An open letter to a new generation of therapists and their patients. HarperCollins.
この記事を書いた人
志村秀実

検査で異常があってもなくても、それだけでは、その人の苦しみの大きさは測れません。お一人おひとりに十分に時間をかけて向き合うために、このオフィスを開きました。神経系とトラウマの視点から、慢性痛とストレス・トラウマのセラピーを行っています。
翻訳書『痛みからの解放』(春秋社、2025年)
作業療法士(国家資格)/公認心理師(国家資格)/臨床心理士

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