このような経験はありませんか。
「何年もカウンセリングに通っているのに、変わらない」
「薬を飲んでも、身体の緊張が抜けない」
「自分でも理由がわからないのに、人間関係がうまくいかない」
精神科でも、カウンセリングでも、リハビリでも届かない。そのような現実を目の当たりにするとき、その背景に共通して見えてくるものがあります。それが、愛着の問題です。
1.愛着とは何か
愛着(アタッチメント)とは、人が生まれながらに持つ「安全な人とつながろうとする本能」のことです。
赤ちゃんは、怖いとき、痛いとき、不安なとき、養育者(親など)に近づき、抱きしめてもらうことで安心を取り戻します。この「怖いとき、信頼できる人のそばにいると安心できる」という体験の積み重ねが、愛着の土台になります。
愛着は単なる「心の絆」ではありません。神経科学の観点から見ると、愛着は神経系の発達そのものに深く関わっています。安全なつながりの体験が繰り返されることで、神経系は「世界は安全だ」「自分は守られている」という土台を育てていきます。
2.愛着の傷とは何か
しかし、養育者が常に応答してくれるとは限りません。
虐待やネグレクトのような明らかな逆境でなくても、養育者自身がストレスや未解決のトラウマを抱えていたり、感情的に不安定だったりすると、子どもの神経系は「安全なつながり」を十分に体験できないまま育つことがあります。
このような環境で育つと、神経系は独自の「生き延びるための戦略」を発達させます。
感情を感じないようにする
身体の感覚を切り離す
常に相手の顔色をうかがう
自分のニーズを後回しにする
これらは子ども時代には必要な適応でした。しかし大人になっても同じパターンが続くとき、それが慢性的な緊張、身体症状、生きづらさとして現れてきます。
3.なぜ愛着の傷は「身体」に残るのか
愛着の問題が厄介なのは、それが「考え方の問題」ではなく、神経系そのものに刻まれた問題だからです。
愛着研究の第一人者であるジョン・ボウルビィは、安全なつながりの体験が繰り返されることで、子どもの神経系に「世界は安全だ」という土台が育まれると述べています。逆に、安全なつながりが十分に体験されないまま育つと、神経系は慢性的な警戒状態に置かれ続けます。
愛着の傷を持つ方は、人とのつながりが「安全」ではなく「脅威」として神経系に感じられることがあります。その結果、慢性的な緊張状態が続き、身体症状や生きづらさとして現れてきます。
この緊張は、意識的にコントロールできるものではありません。「もっとリラックスしよう」「前向きに考えよう」という努力が効果をもたないのは、意志が弱いからではなく、神経系のレベルで起きている問題だからです。
4.愛着の問題が慢性痛・生きづらさとして現れる理由
愛着の傷を持つ方に多く見られる身体・心の症状として、以下のようなものがあります。
身体症状
慢性的な肩こり・腰痛・頭痛
検査で異常がないのに続く痛み
疲れているのに眠れない
消化器系の不調(過敏性腸症候群など)
気圧や気候の変化で体調を崩しやすい
心・行動のパターン
人間関係で消耗しやすい
自分のニーズがわからない
気力がない
元気が出ない
「No」が言えない
感情が麻痺している、または感情の波が激しい
「自分はだめだ」という感覚が根強い
これらは性格の問題でも、意志の問題でもありません。神経系が長年にわたって「警戒モード」で動き続けてきた結果として現れているものです。
5.なぜ従来の方法ではうなくいかないの
愛着の問題に、言語を中心としたカウンセリングだけでは改善がもたらされない理由があります。
愛着は、言葉が生まれる前の、乳幼児期の体験として神経系に刻まれています。したがって、言葉で過去を整理したり、認知を変えようとする方法だけでは、神経系の深い部分に効果が現れないことがあります。
また、愛着の傷を持つ方は「人とのつながり」そのものが神経系にとって脅威として感じられることがあります。セラピーの場でも、セラピストとの関係そのものがトリガーになりうるのです。
だからこそ、愛着の問題には、神経系の安全を土台から育て直すような、時間をかけた丁寧な関わりが必要です。
6.セラピーでできること
SE™(ソマティック・エクスペリエンシング®)やEMDRは、愛着の問題にも有効なアプローチとして注目されています。
特にSE™では、セラピストとの安全なつながりの体験そのものを、神経系の回復の土台として位置づけます。過去の出来事を言葉で語ることよりも、「今ここで、安全なつながりを感じる」という体験を少しずつ積み重ねることが、神経系の回復につながっていきます。
回復は直線的には進みません。しかし、安全なつながりの体験が少しずつ積み重なるとき、神経系は少しずつ「警戒モード」から「安心モード」へと移行していくことができます。
まとめ
愛着の傷は、過去のことではありません。今この瞬間の身体の緊張、人間関係のパターン、生きづらさとして、現在進行形で影響し続けています。
しかし、神経系は変わることができます。安全なつながりの体験を積み重ねることで、どんな年齢からでも、少しずつ回復していくことができます。
あなたが「変われない」のではありません。これまで、神経系に有効な方法に出会えていなかっただけかもしれません。
セラピーオフィス・ほとりでは、愛着の問題を背景に持つ慢性痛・生きづらさに、SE™とEMDRなどを用いて向き合っています。
参考文献
本文中の引用・参照(日本語文献)
ヴァン・デア・コーク,B.(柴田裕之訳)『身体はトラウマを記録する』紀伊國屋書店、2016年
ラヴィーン, P.A.(池島良子ほか訳)『身体に閉じ込められたトラウマ』星和書店、2016年
J.ボウルビィ著(黒田実郎ほか訳)『愛着行動』(母子関係の理論第1巻)岩崎学術出版社、1991年
参考文献(英文併記)
van der Kolk, B. A. (2014). The body keeps the score: Brain, mind, and body in the healing of trauma. Viking.(柴田裕之訳『身体はトラウマを記録する』紀伊國屋書店、2016年)
Levine, P. A. (2010). In an unspoken voice: How the body releases trauma and restores goodness. North Atlantic Books.(池島良子ほか訳『身体に閉じ込められたトラウマ』星和書店、2016年)
Bowlby, J. (1969). Attachment and loss, Vol. 1: Attachment. Basic Books.(黒田実郎ほか訳(1991)『愛着行動』(母子関係の理論第1巻 / J.ボウルビィ著;黒田実郎ほか訳)岩崎学術出版社)

