あなたを守る神経系のはたらき――ストレス・トラウマ・慢性痛のとき、身体の中で何が起きているのか

ストレス

こんな経験をしたことはありませんか?

  • 大切なプレゼンの前夜、なかなか眠れなかった
  • 長期間の過剰なストレスの後、何も感じなくなった、やる気が出ない、ぼーっとする
  • もしも事故や災害に遭った経験がある方であれば、その瞬間、身体が固まって動けなかった

じつは、これらはすべて、あなたの神経系が、あなたを守ろうとしている反応なのです。

これらの反応は、あなたが「弱い」からではありません。何百万年もかけて進化をとげてきた神経系による、生存のための仕組みが動いているのです。

この記事では、ストレスやトラウマのとき、身体の中で何が起きているかを、できるだけわかりやすく説明します。この理解は、自分自身の反応を理解するためにも、回復の道筋を考えるためにも、役に立つと思います。


神経系の基本――アクセルとブレーキ

私たちの身体には、自分の意思とは関係なく、自動的に働く神経系があります。これを「自律神経系」と呼びます。

自律神経系には、大きく二つの働きがあります。

交感神経系は、いわば「アクセル」です。危険を感じたとき、身体を行動に向けて準備させます。心拍数が上がる、呼吸が速くなる、筋肉に力が入る――こうした反応を引き起こすのが交感神経系です。

副交感神経系は、いわば「ブレーキ」です。安全なとき、身体を落ち着かせ、回復させます。心拍数が落ち着く、呼吸が深くなる、消化が促される――こうした反応を担うのが副交感神経系です。

重要なのは、この二つは単純なオン・オフのスイッチではないということです。状況に応じて、複雑に組み合わさりながら、身体の状態を調整しています。まるでオーケストラのように、二つのシステムが協調して演奏しているのです。


「耐性の窓」――ちょうどよい覚醒の範囲

アメリカの神経科学者ダン・シーゲルは、こうした神経系のはたらきを言い表す用語として、「耐性の窓(Window of Tolerance)」という概念を提唱しました。

これは、私たちが「ちょうどよく機能できる覚醒の範囲」のことです。

この窓の中にいるとき、私たちは、

  • 物事を考え、判断することができる
  • 感情を感じながらも、それに飲み込まれない
  • 人とつながり、コミュニケーションできる
  • 新しいことを学び、変化することができる

日常の多くの時間、私たちはこの窓の中にいます。少し緊張したり、少し疲れたりすることはあっても、全体として「なんとか機能できている」状態です。

しかし、ストレスが強くなったとき、あるいはトラウマとなるような体験をしたとき、私たちはこの窓の外に出てしまうことがあります。

窓の外というのは、わかりやすく表現すれば、窓の「上側」か「下側」か、ということです。


窓の上側――過覚醒

交感神経系が強く働きすぎているとき、私たちは窓の上側、「過覚醒」の状態になります。

たとえば、こんな体験をしたことはありませんか。

  • 心臓がドキドキして止まらない
  • 眠れない、じっとしていられない
  • 些細なことで怒りが爆発する、あるいは涙が出る
  • 過去の恐ろしい体験が突然よみがえってくる(フラッシュバック)
  • 周囲の音や動きに過剰に反応してしまう

これらは、神経系が「危険に備えよ」という信号を送り続けているサインです。

こうしたとき、身体は戦うか逃げるかの準備をしています。ところが、現実の危険が過ぎ去った後でも、この信号が止まらなくなってしまうことがあります。つまり、現実には今ここに明確な危険があるわけではないのに、「危険に備えよ」という信号が止まらない――そのズレが、苦しさを生んでしまうのです。


窓の下側――低覚醒

一方で、副交感神経系が強く働きすぎているとき、私たちは窓の「下側」、低覚醒の状態になります。

たとえば、こんな状態になります。

  • 何も感じなくなる、感覚が遠くなる
  • ぼーっとする、まるで霧の中にいるようだ
  • 動けない、何もやる気が出ない
  • 自分が自分でないような感覚(解離)
  • 深い疲労感、消耗感

これを「シャットダウン」と呼ぶことがあります。

そしてここが、この記事で最も大切にしたい点です。

これは、弱さではありません。怠けでもありません。

これは、神経系が限界を超えたとき、身体を守るために起動する、最後の防衛反応です。

動物が天敵に捕まったとき、「死んだふり(強直性不動)」をすることがあります。シマウマがライオンに捕まった瞬間、突然動かなくなる――これは逃げることも戦うこともできなくなったとき、身体が自動的に起動する生存反応です。動物は、死んだふりをする間も、一瞬のスキをついて逃げ出すチャンスをうかがっています。

人間にも、同じ神経系の反応が起きます。

極度のストレスやトラウマの後、「固まる」「シャットダウンする」「何も感じなくなる」――これは、身体が「もうこれ以上は対処できない」というサインを出し、自分を保護しようとしている、本能的で能動的な反応なのです。

「あのとき、なぜ動けなかったのか」「なぜ声が出なかったのか」――そう自分を責めている方がいたとすれば、どうかこのことを知ってほしいと思います。あなたは弱かったのではない。神経系が、あなたを守ろうとしていたのです。

痛みが続くとき――神経系の視点から

「検査では異常がないのに、痛みが続く」「治療を受けても、なかなか改善しない」――慢性的な痛みを抱えている方から、こうした言葉をよく聞きます。

現代の痛み研究が明らかにしているのは、慢性痛は必ずしも「組織の損傷が続いているから起きる」わけではないということです。むしろ慢性痛の多くは、神経系が「痛みへの過敏さ」を学習した状態、つまり神経系が「痛みモード」に固定化した状態として理解できます。

前節で述べた耐性の窓の「外」に慢性的にいる状態が、この「痛みモード」と深く関連しています。過覚醒の状態では、痛みへの過警戒や筋緊張の持続が起きやすくなります。低覚醒の状態では、疲弊・無力感・「何をしても無駄」という感覚が慢性痛と重なることがあります。

慢性痛とストレス・トラウマ

慢性痛とトラウマの関連も、臨床的に重要です。慢性痛を抱える人々の多くが何らかのトラウマ的なストレスを経験していると言われています。過去のトラウマ体験が神経系の過敏さとして残り続け、現在の痛みとして現れることがあります。また、慢性的な痛み自体が圧倒的な体験となり、それ自体がトラウマ反応を生み出すこともあります。さらに、痛みから逃れようとして身体感覚を遮断することが、かえって回復を妨げる場合があります。

しかしここにも、重要な希望があります。神経系は「痛みモード」を学習したのと同じように、また変化することができます。繰り返しの安全体験、身体感覚への注目、社会的なつながり――これらは、慢性痛の回復においてもトラウマ支援と同じ神経生理学的基盤を持つアプローチです。「痛みは治らない」ではなく、「神経系が変化することで痛みも変化できる」という理解が、回復への道を開きます。


窓の外に出るとき、何が起きているか

過覚醒であれ低覚醒であれ、窓の外に出ているとき、「学ぶ」「変わる」「つながる」ということが、非常に難しくなります。

神経系が「危機モード」に入っているとき、脳は生存を最優先にします。複雑な思考、感情の処理、人との深いコミュニケーション――これらは後回しになります。

これが、トラウマを抱えた人が「わかっているのに変われない」「話しているのに何も変わらない」と感じる理由の一つです。窓の外にいるとき、通常の方法では対応しにくい状態になってしまうのです。


窓の中に戻れること、窓を広げられること

しかしここに、重要な希望があります。

一度窓の外に出てしまっても、私たちは窓の中に戻ることができます。

そればかりか、耐性の窓は、広げることができます。

耐性の窓は、生まれついての固定化されたものではありません。適切なサポートと、繰り返しの体験を通じて、私たちは少しずつ、より多くのことを「窓の中で」体験できるようになっていきます。

窓の中に戻ったり、窓が広がるとき、何が起きているのでしょうか。

安全の感覚の積み重ね

神経系は、「今、ここは安全だ」という体験を積み重ねることで、少しずつ警戒を緩めていきます。これは言葉だけでは起きません。身体が、繰り返し「安全」を体験することが必要です。

身体感覚への注目

今、自分の身体はどんな感覚を感じているか。呼吸はどういう状態になっているか。足が地面に触れている感覚はあるか。こうした身体感覚への注目は、神経系を「今ここ」に引き戻す助けになります。

社会的なつながり

安心できる人との関係の中で、私たちの神経系は調整されます。信頼できる人のそばにいるとき、自然に呼吸が深くなる、肩の力が抜ける――これは神経系が、社会的なつながりを通じて調整されているサインです。

少しずつ、段階的に

一気に状態を変えようとするのではなく、少しずつ、神経系が処理できる範囲で体験を重ねていく。これが、回復に必要な基本的なリズムです。


セラピーで何が起きているか

以上の理解を踏まえると、セラピーで何が起きているかが、少し見えてきます。

多くのトラウマ治療が重視しているのは、クライエントが「窓の中に留まりながら」、少しずつ難しい体験に近づいていけるようにすることです。

セラピストがゆっくりと話す、穏やかなトーンを使う、急がない――これらは単に「優しい」ということではなく、クライエントの神経系が「ここは安全だ」と感じられるように、意図的に整えられているのです。

そして、クライエントが過覚醒や低覚醒のサインを見せたとき、セラピストはそれに気づき、一緒に「窓の中」に戻る助けをします。

これが、トラウマ支援の基本的な作業の一つです。


最後に

ストレスやトラウマのとき、身体が示す反応――固まる、逃げる、闘う、シャットダウンする――これらはすべて、あなたの神経系が何百万年もかけて磨いてきた、生存のための知恵です。

「適応できない」からではありません。「弱い」からでもありません。

そして、窓の外に出てしまっても、窓の中に戻ることができます。さらに、窓の範囲を広げることもできます。それは、安全な関係の中で、身体感覚への注目を通じて、少しずつ、繰り返すことで可能になります。

回復は、可能なのです。

次回は、この理解の神経生理学的な根拠と、実践で応用できることについて、専門家向けにより詳しくご説明します。


参考文献

欧文文献

Ogden, P., Minton, K., & Pain, C. (2006). Trauma and the Body: A Sensorimotor Approach to Psychotherapy. W. W. Norton.

Peter A Levine & Maggie Phillips(2012).Freedom from Pain: Discover Your Body’s Power to Overcome Physical Pain. Sounds True.

Roelofs, K., & Dayan, P. (2022). Freezing revisited: coordinated autonomic and central optimization of threat coping. Nature Reviews Neuroscience, 23, 568-580.

Siegel, D. J. (2020). The Developing Mind: How Relationships and the Brain Interact to Shape Who We Are (3rd ed.). Guilford Press. (Original work published 1999)

van der Kolk, B. A. (2014). The Body Keeps the Score: Brain, Mind, and Body in the Healing of Trauma. Viking.

邦訳文献

オグデン, P., ミントン, K., & ペイン, C.(2012).『トラウマと身体――センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実践』(岩壁茂 監訳)星和書店.
[原著:Ogden, P., Minton, K., & Pain, C. (2006). Trauma and the Body. W. W. Norton.]

ヴァン・デア・コーク, B.(2016).『身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法』(柴田裕之 訳)紀伊國屋書店.
[原著:van der Kolk, B. A. (2014). The Body Keeps the Score. Viking.]

ピーター・A・ラヴィーン&マギー・フィリップス(2025).『痛みからの解放――トラウマによる慢性痛を癒す内なる力との出会い』(志村秀実訳、花丘ちぐさ監訳)春秋社.
[原著:Peter A Levine & Maggie Phillips(2012).Freedom from Pain. Sounds True.]