「何度カウンセリングに通っても、気持ちが楽にならない」 「過去のことは整理できているはずなのに、身体の緊張が抜けない」 「検査で異常がないのに、痛みが続いている」
このような経験はありませんか。
従来の心理療法の多くは、「言葉」を通じて過去の出来事を整理し、思考や感情にはたらきかけることを中心としてきました。しかし近年の神経科学・トラウマ研究は、こうした「話す」だけのアプローチでは届かない領域があることを明らかにしています。
それが、身体(からだ)です。
1. なぜ「話す」だけでは届かないのか
つらい体験をした後、頭では「もう終わったこと」とわかっていても、身体が緊張したまま、眠れない、痛みが続く――そのような経験をされている方は少なくありません。
トラウマ研究の第一人者であるベッセル・ヴァン・デア・コークは、その著書の中で「身体はスコアをつけ続ける」と述べています。つまり、過去のつらい体験の記憶は、言葉や思考だけでなく、身体の感覚や神経系の反応として刻み込まれているのです。
言葉で過去を整理しても、身体に刻まれた緊張やパターンが変わらなければ、症状は繰り返されます。これが、「話すだけ」では届かない理由です。
2. トラウマは身体に残る
強いストレスや衝撃的な出来事に直面したとき、私たちの神経系は瞬時に「戦う・逃げる・凍りつく」という防衛反応を起動します。
野生動物は、危機を生き延びた後、身体をブルブルと震わせることで、この防衛反応のエネルギーを自然に解放します。しかし人間は、理性や社会的なルールによって、この自然な解放反応を抑えてしまうことがあります。
解放されなかったエネルギーは、神経系の中に「未完了の防衛反応」として残り続けます。これが慢性的な緊張、痛み、不安、過覚醒といった症状の背景にあると考えられています。
ピーター・A・ラヴィーン博士は、野生動物がトラウマをほとんど残さないのに対し、人間にだけ慢性的なトラウマ症状が残る理由として、この「解放の抑制」を挙げています。
3. SE™(ソマティック・エクスペリエンシング)とは
SE™(Somatic Experiencing®)は、1970年代にアメリカの生物物理学者・心理療法家であるピーター・A・ラヴィーン博士によって開発されたトラウマセラピーです。
「Somatic(ソマティック)」とはギリシャ語で「身体」を意味します。SE™は、身体感覚に意識を向けながら、神経系に蓄積された未完了のエネルギーを少しずつ安全に解放していくアプローチです。
過去の出来事を言葉で繰り返し語る必要はありません。「今、ここ」の身体の感覚――温かさ、重さ、緊張、広がり――に静かに意識を向けることから始まります。
現在、SE™は世界40か国以上で実践され、トラウマ・慢性痛・自律神経の乱れなど、幅広い症状へのはたらきかけとして注目されています。
4. SE™が目指すもの
SE™のセッションでは、以下のような流れでゆっくりと進めていきます。
安全の土台をつくる まず、身体の中で「ここは少し楽」「この感覚は心地よい」という安全な領域(リソース)を一緒に探します。いきなり痛みやつらさに向き合うことはしません。
身体の感覚をていねいに追う 「今、肩のあたりにどんな感覚がありますか?」――こうした問いかけを通じて、身体の内側の微細な感覚(フェルトセンス)に静かに寄り添います。
少しずつエネルギーを解放する 炭酸飲料のキャップを少しずつ開けてガスを抜くように、神経系が驚かないペースで、蓄積された緊張を少しずつ外へ解放していきます(タイトレーション)。
セッションが進むにつれて、身体が自然に深く息を吐いたり、温かさが広がったり、こわばりがゆるんだりする変化が訪れます。神経系が「今は安全だ」と感じたとき、症状は内側から自然に落ち着いていきます。
5. どんな方に向いているか
SE™は、以下のような方に特に有効とされています。
- 検査で異常がないのに、慢性的な痛みや身体の不調が続いている
- 治療を続けているのに、痛みや症状が変わらない
- 過去の事故・手術・災害などの後から、身体の緊張や症状が続いている
- ストレスや不安が身体症状として現れやすい
- 「話すカウンセリング」では変化を感じられなかった
- 身体と心が切り離されているように感じる
まとめ
SE™は、「身体はトラウマを覚えている」という神経科学の知見に基づき、言葉ではなく身体の感覚を通じて癒しを促すセラピーです。
痛みや症状は、あなたが弱いからではありません。神経系が過去の体験からあなたを守ろうとして、サバイバルモードのまま戻れなくなっているサインかもしれません。
身体の声に、ゆっくりと耳を傾けることから始めてみませんか。
参考文献
本文中の引用・参照
- ラヴィーン, P. A.(志村秀実訳・花丘ちぐさ監訳)『痛みからの解放』春秋社、2025年
- ヴァン・デア・コーク, B.(柴田裕之訳)『身体はトラウマを記録する』紀伊國屋書店、2016年
- ラヴィーン, P. A.(池島良子ほか訳)『身体に閉じ込められたトラウマ』星和書店、2016年
参考文献
Levine, P. A. (1997). Waking the tiger: Healing trauma. North Atlantic Books.
Levine, P. A., & Phillips, M. (2012). Freedom from pain: Discover your body’s power to overcome physical pain. Sounds True.(志村秀実訳・花丘ちぐさ監訳『痛みからの解放』春秋社、2025年)
Levine, P. A. (2010). In an unspoken voice: How the body releases trauma and restores goodness. North Atlantic Books.(池島良子ほか訳『身体に閉じ込められたトラウマ』星和書店、2016年)
van der Kolk, B. A. (2014). The body keeps the score: Brain, mind, and body in the healing of trauma. Viking.(柴田裕之訳『身体はトラウマを記録する』紀伊國屋書店、2016年)

