慢性痛は「心の問題」でも「気のせい」でもない

慢性痛

今年2月、朝日新聞傘下の人文書専門メディア「じんぶん堂」に、拙訳『痛みからの解放』(春秋社)に関連した寄稿記事を2回シリーズで掲載していただきました。今回はその第1回をご紹介します。


慢性痛という「見えない危機」

慢性痛は、世界人口の約2割が抱えているとされています。検査をしても原因が見つからない、治療を続けても改善しない――そうした訴えは決して例外ではありません。

にもかかわらず、慢性痛は長らく制度や支援の枠組みの周縁に置かれてきました。「気のせいでは」「心の問題では」と言われ、苦しみを信じてもらえなかった経験を持つ方も少なくありません。


痛みの定義が変わった

近年、この状況に大きな変化が生まれています。

国際疼痛学会は2020年、痛みを「実際の組織損傷、あるいはそれに似た状態に付随する、不快な感覚および情動の体験」と再定義しました。組織損傷がなくても、痛みは主観的な体験として成立する——これが国際的に認められたのです。

さらに2022年に発効されたICD-11(国際疾病分類第11版)では、慢性疼痛が初めて独立した診断分類として位置づけられました。「原因が特定できない慢性一次性疼痛」という概念も導入され、痛みを末梢組織の障害だけで説明しきれない現実が、医療の枠組みの中で正式に認められました。


慢性痛とトラウマの深い結びつき

慢性痛研究では、脳機能の関与が重視されるようになっています。身体的な痛みを処理する領域と、情動的な苦痛を担う領域は脳内で密接に結びついており、相互に影響し合っています。

また、小児期の逆境体験、家族関係の不全、性被害、災害体験などが、慢性痛の発症や長期化と深く関係することが報告されています。過去の危機への防衛反応が、現在においても作動し続けている状態——それが慢性痛の一側面です。


心身二元論の限界

慢性痛が突きつけているのは、身体と心を分断する見方そのものへの問いです。

デカルトに端を発する心身二元論は、近代医学の発展に大きく貢献しました。しかし同時に、痛みを感覚信号としてのみ扱い、不安や恐怖、記憶や意味づけとの関係を切り離してしまいました。慢性痛やトラウマ由来の痛みは、この枠組みでは十分に説明できません。

身体・感情・記憶・対人関係が切り離せないという事実が、痛みという現象を通して浮かび上がっています。


記事へのリンク

全文はじんぶん堂(朝日新聞傘下)でお読みいただけます。

慢性痛はなぜ「心身二元論」を揺さぶるのか――『痛みからの解放』が示す新しい身体観

次回は第2回「慢性痛が問い直す人間観――『痛みからの解放』と身体性の復権」をご紹介します。


この記事を書いた人
志村秀実

検査で異常があってもなくても、それだけでは、その人の苦しみの大きさは測れません。お一人おひとりに十分に時間をかけて向き合うために、このオフィスを開きました。神経系とトラウマの視点から、慢性痛とストレス・トラウマのセラピーを行っています。
翻訳書『痛みからの解放』(春秋社、2025年)
作業療法士(国家資格)/公認心理師(国家資格)/臨床心理士

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