トラウマは「出来事」ではなく「神経系の反応」
前回の記事では、慢性痛の底に愛着の傷とトラウマが横たわっていることをお伝えしました。
では、トラウマはどのように身体に残るのでしょうか。
多くの方が「トラウマ=大きな出来事」と思っています。戦争、事故、虐待——確かにこれらはトラウマになりえます。しかし現代のトラウマ研究は、別のことを示しています。
トラウマとは出来事そのものではなく、出来事に対する神経系の反応です。
同じ出来事を体験しても、ある人にはトラウマになり、別の人にはならない。これは意志の強さや性格の違いではありません。その瞬間に神経系が圧倒されたかどうか、そして圧倒された後に十分に回復できたかどうかの違いです。
「大きなトラウマはないのに、なぜ慢性的な不調が続くのか」という問いへの答えが、ここにあります。
防衛反応とは何か――神経系の知恵
危険を感じたとき、私たちの身体は瞬時に反応します。これを防衛反応と呼びます。
防衛反応は病理ではありません。生物として生き延びるための、神経系の知恵です。
闘争反応(Fight)
危険に立ち向かおうとする反応です。
夜道で突然人に声をかけられたとき。心臓が速くなり、身体に力が入り、構える姿勢になる。これが闘争反応です。
逃走反応(Flight)
危険から逃げようとする反応です。
職場で強く叱責されたとき。その場から逃げ出したい衝動、足が震える感覚、息が浅くなる。これが逃走反応です。
凍りつき反応(Freeze)
闘争も逃走も不可能なとき、神経系は「凍りつく」という選択をします。
交通事故の瞬間に頭が真っ白になる。理不尽な暴力の前で身体が動かなくなる。強い恐怖の中で声が出なくなる。これが凍りつき反応です。
凍りつきは弱さではありません。闘争も逃走もできないときの、神経系の最後の防衛手段です。
未完了の防衛反応――身体に残り続けるもの
動物の世界では、危険が去った後に身体を震わせて防衛反応を「完了」させます。シマウマがチーターに追われた後、逃げ切ると全身を震わせて、防衛反応の身体に残ったエネルギーを解放します——この震えが防衛反応の完了です。
しかし人間はこの自然な完了プロセスを、しばしば妨げてしまいます。
「震えてはいけない」「泣いてはいけない」「弱みを見せてはいけない」
社会的な規範や、圧倒的な恐怖によって。防衛反応が完了できないまま、身体の中に留まり続けます。
これが未完了の防衛反応です。
未完了の防衛反応は消えません。身体の中で「まだ終わっていない」として残り続けます。
- 慢性的な筋緊張・肩こり・腰痛
- 原因不明の疲弊感
- 過覚醒(常に緊張している状態)
- 低覚醒・解離(身体から切り離された感覚)
- 慢性痛
これらは、未完了の防衛反応が身体に残り続けているサインである可能性があります。
SE™はどのように働くのか
ソマティック・エクスペリエンシング®(SE™)は、この未完了の防衛反応を安全に完了させることを目指します。
しかしそれは、つらい記憶を掘り起こして感情を爆発させることではありません。
SE™の中心にあるのは「今ここの身体感覚」です。
タイトレーション(少しずつ)の原則
SE™では、未完了の防衛反応に少しずつ、安全な範囲でアクセスします。
これをタイトレーション(Titration)と呼びます。
一度に全てを処理しようとしません。神経系が圧倒されない範囲で、少しずつ近づいていきます。
例えば。交通事故のトラウマを抱える方に。事故の瞬間を直接思い出させるのではなく。「その日の朝、家を出る前の感覚」から始めます。そこから少しずつ、神経系が安全を保てる範囲で進んでいきます。
安全と困難の間を行き来する
SE™のセッションでは、トラウマ反応と安全・リソースの間を行き来します。
困難な感覚に少し近づく。安全な感覚に戻る。また少し近づく。また戻る。
この行き来の繰り返しの中で。神経系は少しずつ、困難な感覚を処理する力をつけていきます。
神経系が自律的に完了へと向かう
SE™のセラピストは、神経系に完了を「させる」のではありません。
神経系が自律的に完了へと向かう過程を、安全に支えます。
身体が震える。深い息が出る。温かさが広がる。涙が流れる。
これらは神経系が防衛反応を完了させているサインです。身体の知恵が働いている瞬間です。
身体の知恵を信頼する
SE™のアプローチの根本にある姿勢があります。
「身体はすでに知っている」
慢性痛や慢性的な不調は、問題ではありません。未完了の防衛反応を抱えながら生き延びてきた、神経系の知恵の表れです。
セラピーオフィス・ほとりでは、この知恵を修正しようとしません。まず尊重し、承認することから始めます。
セラピストはその過程の触媒です。答えを持っているのは、クライアントの身体です。
防衛反応の完了が癒しへの道筋を開く
未完了の防衛反応が少しずつ完了していくにつれて。
- 耐性の窓が広がる
- self-regulation(自分で神経系を安定させる力)が回復する
- 慢性的な筋緊張が解放される
- 身体が「今ここ」に戻ってくる
- 慢性痛が少しずつ変化し始める
これが癒しへの道筋です。
急がない。焦らない。少しずつ。神経系のリズムを信頼しながら。
まとめ
トラウマは出来事ではなく、神経系の反応です。
防衛反応は病理ではなく、神経系の知恵です。
未完了の防衛反応が身体に残り続けることで、慢性痛や慢性的な不調が生まれます。
SE™は、この未完了の防衛反応を安全に完了させることを通じて、神経系の自律的な回復力を引き出します。
身体の知恵を信頼することが、癒しへの道筋の出発点です。
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タッチワークが慢性痛に効く理由——解剖学・神経生理学・対人関係から考える癒しへの道筋
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慢性痛とストレス・トラウマの専門セラピー
セラピーオフィス・ほとりでは、作業療法士・臨床心理士・公認心理師・ソマティック・エクスペリエンシング認定プラクティショナー・EMDR認定セラピストの資格を持つセラピストが、身体と心の両面から慢性痛への支援を提供しています。
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参考文献
ピーター・A・ラヴィーン(著)、池島良子、西村もゆ子、福井義一、牧野有可里(訳)『身体に閉じ込められたトラウマ』星和書店、2016年
ピーター・A・ラヴィーン(著)、花丘ちぐさ(訳)『ソマティック・エクスペリエンシング入門』春秋社、2024年

