慢性痛は「終わらなかった生存反応」だった

慢性痛

今年2月、朝日新聞傘下の人文書専門メディア「じんぶん堂」に、拙訳『痛みからの解放』(春秋社)に関連した寄稿記事を2回シリーズで掲載していただきました。今回はその第2回をご紹介します。

前回は、慢性痛が心身二元論という近代的な人間観を揺さぶる現象であることをご紹介しました。今回ご紹介する第2回の寄稿内容は、理論の次元にとどまらず、実践の現場でどのような変化が起きているのか――その核心に迫ったものとなります。


ラヴィーンの先駆性

近年、神経科学・認知科学・哲学・トラウマ臨床の各領域で、身体感覚を中心に据えた人間理解が並行して進展しています。

こうした理論的転換を、最も早く、かつ徹底して臨床実践へと結びつけた人物が、ピーター・A・ラヴィーン博士です。

ラヴィーン博士はトラウマを「出来事の記憶」ではなく、「身体に凍結した防衛反応」として捉え直しました。闘争・逃走・凍りつきといった、本来完了すべき生理的反応が途中で中断され、神経系に未完了のまま固定化されることで症状が生じる――これがラヴィーンの中心的な考え方です。

慢性痛は、終わらなかった生存反応の表現なのです。


現場に残された大きな課題

慢性痛の神経メカニズムや、トラウマとの関連性については、近年かなりの知見が蓄積されてきました。

しかし現場の医療者や支援者にとって最大の困難は、「では、どのように介入すればよいのか」という実践的な問いです。

トラウマ由来の慢性痛を抱える方に対しては、通常レベルの刺激であっても神経系の閾値を超えることがあり、治療的刺激として安全に適用できない場合が多くあります。再トラウマ化の危険すらあります。理論と実践のあいだには、依然として大きな空白が存在していました。


『痛みからの解放』が切り開いたもの

『痛みからの解放』の最大の意義は、慢性痛とトラウマの関係を説明した点にあるのではありません。

決定的なのは、トラウマ由来の慢性痛に対して、どのように安全に介入すればよいのかという問いに、具体的な実践方法を提示した点にあります。

ラヴィーン博士の開発したSE™(ソマティック・エクスペリエンシング®)は、身体感覚への「微細で段階的な注意」を通して、防衛反応を安全に完了させる方法を体系化しました。その方法は、専門家だけでなく、一般の読者にも実践可能なエクササイズとして提示されています。

アメリカで出版されてから10年以上を経た現在も、本書はトラウマ由来の慢性痛に対する包括的な実践モデルとして、ほとんど類例のないパイオニア的著作であり続けています。


新しい痛みの理解

ラヴィーン博士が提示したのは、痛みを無理に取り除こうとするのではなく、身体の反応を理解し、身体に保持されてきた防衛反応のプロセスを安全に完了させるという新しい治療観です。

慢性痛とは故障のある身体ではなく、危険から身を守ろうとし続けている身体である――この理解は、慢性痛を抱える方の自己理解を根本から変える可能性を持っています。

「自分の身体はおかしいのではない。ずっと自分を守ろうとしてくれていたのだ」

そのような気づきが、回復への入口になることがあります。


記事へのリンク

全文はじんぶん堂(朝日新聞傘下)でお読みいただけます。

慢性痛が問い直す人間観――『痛みからの解放』と身体性の復権


この記事を書いた人
志村秀実

検査で異常があってもなくても、それだけでは、その人の苦しみの大きさは測れません。お一人おひとりに十分に時間をかけて向き合うために、このオフィスを開きました。神経系とトラウマの視点から、慢性痛とストレス・トラウマのセラピーを行っています。
翻訳書『痛みからの解放』(春秋社、2025年)
作業療法士(国家資格)/公認心理師(国家資格)/臨床心理士

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