タッチワークとは何か——前回記事との接続
前回の記事では、防衛反応と未完了の防衛反応が慢性痛を生む仕組みをお伝えしました。
身体に残り続ける未完了の防衛反応に働きかけるとき、SE™やEMDRとともに、セラピーオフィス・ほとりではタッチワークを用いることがあります。
タッチワークとは、身体への穏やかな接触を通じて神経系に働きかける療法的な関わりです。
マッサージや整体とは異なります。筋肉をほぐしたり骨格を矯正したりすることが目的ではありません。
タッチワークの目的は、身体を通じて神経系に安全を伝えることです。
今回は、タッチワークがどのように慢性痛に働きかけるのかを、解剖学・神経生理学・内分泌系・心理学の視点から解説します。
1. 解剖学的効果
後頭部ホールドの体験
一つの方法として、背臥位(仰向け)で横になったクライアントの後頭部を、セラピストが両手で穏やかにホールドします。必要に応じて軽いマイクロトラクション(ごく軽い牽引)をかけます。
このとき後頭部周囲の筋群——後頭下筋群(大・小後頭直筋、上・下頭斜筋)——に穏やかな影響が及びます。
後頭下筋群は頚椎と頭蓋の接合部を制御する筋群です。この筋群の緊張が緩むことで、頚部から肩にかけての緊張が波及的に解放されることがあります。
クライアントの体験として、以下のような変化が現れます。
- 呼吸が深くなる
- 首・肩の緊張が緩む
- 「頭が重くなった」「身体が沈んだ」という感覚
- 「気持ちがいい」という感覚
これらは神経系が安全を感じ始めているサインです。
腎臓へのタッチの体験
背臥位のクライアントに対して、セラピストが片手を背中の下に差し込み、もう片方の手を腹壁に当てて。腎臓を前後から穏やかにホールドします。
腎臓は後腹膜腔に位置し、腎筋膜(Gerota筋膜)に包まれています。この筋膜は横隔膜・腸腰筋・腰方形筋の筋膜と連続しています。
また腎臓は呼吸とともに上下に動きます。1回の呼吸で約3cm。穏やかなホールドによって呼吸が深まると、腎臓の自然な可動性が回復していきます。
クライアントの体験として、以下のようなものがあります。
- 呼吸が深くなる
- 腹部・腰部の緊張が緩む
- 身体の内側に温かさが広がる
- 深いリラクゼーションの感覚
2. 神経生理学的効果——レギュレーション
固有受容器への働きかけ
後頭下筋群は、全身の筋群の中でも筋紡錘(固有受容器)の密度が特に高い部位です。
固有受容器とは、筋肉の長さや張力を感知するセンサーです。後頭下はこのセンサーが密集しており、頭部の位置を精密に調整する役割を担っています。
穏やかなタッチによる固有受容器への刺激は。筋緊張の自律的な再設定を促します。
迷走神経への働きかけ
後頭下は迷走神経の出口(頸静脈孔)に近接しています。
迷走神経は副交感神経の中枢であり、心拍・呼吸・消化など身体全体の調整に関わります。この領域の組織緊張が解放されることで、迷走神経への機械的な圧迫が軽減される可能性があります。
迷走神経が活性化すると、以下のような変化が現れます。
- 心拍数が落ち着く
- 呼吸が深くなる
- 筋緊張が緩む
- 消化機能が改善する
- 社会的なつながりを感じやすくなる
これが自律神経のレギュレーション(調整)です。
硬膜への働きかけ
後頭下筋群は脊髄硬膜と直接連結しています。穏やかなタッチによる後頭下筋群の解放は、硬膜張力の調整にも影響する可能性があります。
3. 内分泌系への効果
腎臓と副腎への影響
腎臓は単なる排泄臓器ではありません。重要な内分泌臓器でもあります。
慢性的なストレス状態では、腎臓からレニンが分泌され、血圧上昇やアルドステロン分泌増加につながります。自律神経の安定化はこの過活動を抑制する可能性があります。
また腎臓の上極には副腎が位置しています。副腎はコルチゾール(ストレスホルモン)やアドレナリンを分泌します。
腎臓へのタッチは副腎への間接的な働きかけでもあります。慢性的なストレス状態で疲弊した副腎への影響が期待されます。
エリスロポエチンへの影響
腎臓は赤血球の産生を調整するエリスロポエチンを分泌します。身体全体の活性化への間接的な影響が考えられます。
4. コンテイン——身体の境界と安全な器
タッチワークには、神経生理学的な効果だけでなく、心理的な「コンテイン(containment)」という重要な効果があります。
コンテインとは「安全に包み込む」という意味です。
セラピストの手が身体を包むことで、クライアントの神経系に「境界」と「安全な器」を提供します。
これは小児科医・精神分析家のウィニコット(D.W. Winnicott)が提唱した「保持環境(holding environment)」の概念と重なります。
母親が赤ちゃんを抱きしめることで提供する安全な環境。それと同じ体験を、タッチワークは大人になってから安全に提供することができます。
慢性痛を抱える方の多くは。長年にわたって身体の痛みや不調と孤独に向き合ってきています。
「ここは安全だ」「一人ではない」という体験が、神経系の深いレベルで伝わることがあります。
5. コヒーレンス——身体が「一つにまとまる」体験
タッチワークにはコヒーレンス(coherence)という効果があります。
コヒーレンスとは「一貫性・まとまり」という意味です。
慢性痛やトラウマを抱える方の身体は、しばしばバラバラに感じられます。痛みのある部位だけが意識され、他の部分とのつながりが失われている状態です。
穏やかなタッチによる迷走神経の活性化は、心臓・呼吸・脳波のリズムを同期させます。これを心拍変動(HRV)のコヒーレンスと呼びます。
クライアントの体験として、以下のような変化が生まれます。
- 「身体全体がつながった感じ」
- 「バラバラだった感覚が一つになった」
- 「身体の中心を感じられた」
このコヒーレンスの体験は、タッチワーク独自の効果として特に重要です。
6. 対人関係的・心理学的効果
安全なco-regulationの体験
タッチワークは、安全なco-regulation(他者との関わりを通じた神経系の調整)の体験を提供します。
第一回の記事でお伝えしたように、幼少期に十分なco-regulationを受けることで、self-regulationの力が育ちます。
タッチワークを通じた安全なco-regulationの体験は、幼少期に不足していた神経系の調整体験を、大人になってから安全に補う機会になります。
身体スキーマの再構築
慢性痛を抱える方の多くは、痛みのある部位との関係が歪んでいます。
痛い場所を意識しすぎるか、または無意識に避けるか、どちらも身体の「地図(身体スキーマ)」を歪めます。
穏やかなタッチは、この歪んだ地図を安全に書き直す機会を提供します。
感覚運動再学習
タッチによる感覚フィードバックは、神経系に新しいパターンを学習させます。
「触れられることで楽になれる」という体験の積み重ねが、神経系の慢性的な防衛パターンを少しずつ解放します。
これを感覚運動再学習と呼びます。筋肉や関節の機能回復だけでなく、神経系レベルでの学習が起きることが重要です。
まとめ
タッチワークは「修正」ではありません。
あなたの神経系の知恵を尊重し、承認することから始まります。
解剖学的・神経生理学的・内分泌系・心理学的——これら全てのレベルで同時に作用するタッチワークは。慢性痛への多面的な働きかけを可能にします。
セラピーオフィス・ほとりでは。タッチワークはSE™・EMDRと統合した形で提供します。クライアントへの十分な説明と同意のもとで進めます。
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タッチワークとトラウマ処理——防衛反応の完了と癒しへの道筋
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慢性痛とストレス・トラウマの専門セラピー
セラピーオフィス・ほとりでは、作業療法士・臨床心理士・公認心理師・ソマティック・エクスペリエンシング®認定プラクティショナー・EMDR認定セラピストの資格を持つセラピストが、身体と心の両面から慢性痛への支援を提供しています。
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参考文献
ピーター・A・ラヴィーン(著)、池島良子、西村もゆ子、福井義一、牧野有可里(訳)『身体に閉じ込められたトラウマ』星和書店、2016年
ピーター・A・ラヴィーン(著)、花丘ちぐさ(訳)『ソマティック・エクスペリエンシング入門』春秋社、2024年
Aline LaPierre(著)『Healing Touch: Honoring the Somatic Dimension of Psyche』NeuroAffectiveTouch Institute, 2012年

